大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)124号 判決

東京都目黒区平町一丁目二六番三号

原告

株式会社持田商店

右代表者代表取締役

持田豪一

右訴訟代理人弁護士

内野経一郎

仁平志奈子

東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号

被告

目黒税務署長

右指定代理人

扇沢義弘

吉田和夫

杉本武

佐々木正男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1. 被告が原告の昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税について昭和五〇年六月三〇日付でした更正のうち所得金額二〇〇四万五〇七八円を超える部分を取り消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二請求の原因

一  原告は、昭和四九年二月二八日、原告の昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき所得金額を一九二三万一〇七八円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和五〇年六月三〇日付で、右所得金額を二三一四万五〇七八円とする更正(以下「本件更正」という。)をした。

二  しかしながら、本件更正のうち所得金額二〇〇四万五〇七八円を超える部分は、後記第四の二の理由により原告の所得を過大に認定したものであるから違法であり、原告はその取消しを求める。

第三被告の認否及び主張

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一の事実は認める。同二は争う。

二  主張

1. 本件更正の根拠

被告が本件更正において原告の申告所得金額に加算及び減算した項目は次のとおりである。

(加算金額)

(一) 支払手数料のうち損金とならないもの 三一〇万円

(二) 買取品計上もれ 四〇万円

(三) ゴルフ会員権計上もれ 四五万円

(減算金額)

事業税認容 三万六〇〇〇円

2. 右(加算金額)(一)の根拠

(一) 原告は本件事業年度中に、東京都品川区大崎三丁目四番一号所在の宅地(以下「本件土地」という。)購入に際し、訴外中山緑三外三名に対し仲介手数料三一〇万円(以下「本件仲介手数料」という。)を支払い、同金額を原告の本件事業年度の所得の算定上損金の額に算入した。

(二) しかしながら、本件仲介手数料は以下のとおり本件土地の取得価額に算入されるべきものである。すなわち、

イ 土地の取得に際し支出した仲介手数料が当該土地の取得価額を構成するものか、当該支出事業年度の損金に算入されるかについて、法人税法(以下「法」という。)上明文の規定はないが、法人の各事業年度の損金の額に算入すべき金額については法第二二条第三項、第四項に規定されているから、本件仲介手数料が本件土地の取得価額を構成するか否かは右規定の解釈によって決せられるべきものである。

ところで、法第二二条第四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは、客観的な規範性をもつ公正妥当と認められる会計処理の基準を意味するものであるが、法人税法施行令(以下「令」という。)第五四条は、固定資産のうち減価償却資産の取得価額に含まれる費用をその取得の態様に応じて個別に規定し、このうち購入した減価償却資産の取得価額は、同条第一項第一号イ及びロ所定の各金額の合計額とする旨が定められており、右政令の規定は、その内容において一般の会計慣行と同様であり、公正妥当な会計慣行を確認的に明文をもって規定したものにすぎないと解される。しかして、土地等の非減価償却資産の取得価額については、その性質等において減価償却資産のそれと異なる点があるとしても、その取得価額の範囲について減価償却資産のそれと別異に解さなければならない理由はないから、右公正妥当な会計慣行を斟酌し、減価償却資産の取得に関する右令の規定を類推適用するのが相当であり、このように解することが法第二二条第四項にいう「一般に公正妥当な会計処理の基準」に合致するものである。

ロ 企業会計原則(昭和四九年八月三〇日改正前のもの。以下同じ)第三貸借対照表原則の五D及び商法第三四条は、有形固定資産の評価についていずれも取得原価主義による評価基準を採用しているが、右企業会計原則第三の五Dにおいて示されている取得原価の一般的基準(なお、同規定は昭和四九年八月三〇日改正され、有形固定資産の取得価額に当該資産の引取費用等の付随費用を含めることが明示されたが、右改正は従来の見解を確認したものにすぎない。)は、企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書(以下「連続意見書」という。)第三「有形固定資産の減価償却について」の第一の四の1においてさらにくわしく示され、同規定は前記令第五四条第一項第一号の規定とほぼ同趣旨の考え方を示している。しかして、右連続意見書の規定は固定資産一般の取得価額について定めたものではないが、非減価償却資産たる土地の取得価額を減価償却資産のそれと別異に解釈しなければならない格別の理由はないから、土地の取得に際し支払われた仲介手数料は、企業会計原則上当然当該土地の取得価額を構成するものというべきである。

なお、このことは会計学上の通説であり、裁判例においても、税法上固定資産の取得価額に仲介手数料等の付随費用が含まれるとする見解が支持されている。

ハ 以上のとおり、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従えば、土地の所得に際し支出した仲介手数料が、当該土地の取得価額に含まれることは明らかというべきである。

(三) よって、被告が本件更正において、本件仲介手数料が本件土地の取得価額に算入されるべきであり、損金に算入すべきではないとして原告の右損金算入を否認したのは適法である。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する認否

被告の主張1のうち、本件更正の根拠が被告主張のとおりであること及びそのうち(加算金額)(一)の項目を除くその余の加算、減算金額は認める。右(加算金額)(一)の項目の支払手数料が損金とならないとの点を争う。同2の(一)の事実は認める。同2の(二)及び(三)は争う。

二  反論

1. 租税法律主義の原則及び公平負担の原則からして、税法の分野においては法令の安易な類推適用は許されず、類推適用をする場合には法令の文言上の根拠のみならず課税に相当する収益があったという実質的根拠が示されなければならない。また、法第二二条第四項の趣旨は、課税所得と企業利益とは原則として一致すべきこと及び企業が会計処理において用いている基準ないし慣行のうち一般に公正妥当と認められないもののみを税法で認めないこととし、原則として企業の会計処理を認めるとの基本方針を示すものであるから、仲介手数料を損金の額に算入した原告の会計処理を否認するためには、そのことが課税所得と企業利益とをくい違わせることとなつたり、税法で認められないほど非公正不当な会計処理であることが明らかにされねばならない。

2. 令第五四条及び企業会計原則第三の五Dは減価償却資産につき費用配分の原則を定めたものにすぎない。すなわち、減価償却資産の付随費用は実質的には損金の性質を有するものであるが、これが資産の取得価額を構成するとされるのは、資産の取得に際し支出した額を当期の費用と次期以後に費用となるものとに割り振る費用配分の原則によるものであり、この支出額のうち当期の費用とされないものもその後短期間に償却されて結局損金として課税を免れることとなるのである。右令の規定は費用配分の原則により減価償却資産の取得原価が償却されて結局損金となることを前提としたうえで減価償却資産の取得価額に付随費用を含ませているものであつて費用を最終的に資産とみなすものではなく、このことは令が特に減価償却資産に限つて右規定を設けていること、さらに「利益なきところに課税なし」との税法の根本原則からも明らかである。

したがって、前記各規定は、土地のごとく減価償却されず費用配分の原則の適用のない資産については適用の余地がない。

3. 土地購入に際し不動産業者に支払われた仲介手数料が土地購入の費用であり損金の性質を有するものであることは、前記2の減価償却資産における取扱いに徴し明らかである。仲介手数料の支払によつては資産としての土地の評価額が何ら増加するものではないから、もしこれをも含めて資産として評価することとなれば、費用が資産として計上されたまま、これを実体に則して是正する方法がないこととなり、商法にいういわゆる真実性の原則に反する結果となる。

4. 以上の点からすれば、本件仲介手数料を損金の額に算入した原告の会計処理はむしろ公正妥当と認められるものであり、これを否認した被告の本件更正は違法といわねばならない。

理由

一  請求の原因一の事実、被告の主張(第三の二)1のうち、本件更正の根拠が被告主張のとおりであること及びそのうち(加算金額)(一)の項目を除くその余の加算、減算金額並びに同2の(一)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件仲介手数料が本件土地の取得価額に算入されるものであるか否かについて判断する。

1  土地の取得に際して支出した仲介手数料が当該土地の取得価額を構成するか、あるいは当該支出事業年度の損金の額に算入されるかについて法に明文の規定はないが、法第二二条第三項、第四項は、法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるべきことを規定しているから、右の問題も一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従い判断すべきである。

ところで、一般に公正妥当な会計処理の基準を要約したものと認められる企業会計原則(昭和二四年七月九日経済安定本部企業会計制度対策調査会中間報告「企業会計原則の設定について」二1参照。)第三の五によれば、「貸借対照表に記載する資産の価額は、原則として、当該資産の取得原価を基礎として計上しなければならない。」とされ、昭和四九年八月三〇日改正(大蔵省企業会計審議会報告)後の同第三の五Dによれば、「有形固定資産の取得原価には、原則として当該資産の引取費用等の付随費用を含める。」こととされている。なお、右改正もまた従来から行なわれていた公正妥当な会計慣行を確認的に明文化したものにすぎないものと解せられる。

他方、令第五四条第一項は、減価償却資産の取得価額の範囲についてその取得の態様に応じて規定しているが、右規定も前記公正妥当な会計慣行を明文化したものにすぎないものと解せられるところ、令においては土地等の非減価償却資産の取得価額の範囲についての規定は存在しないけれども、旧法人税法施行規則(昭和二二年勅令第一一一号)第二一条の七において減価償却資産と非減価償却資産とを特に区別することなく固定資産の取得価額の範囲について右規定と同様のことが規定されていたこと及び前記公正妥当な会計慣行を斟酌すれば、非減価償却資産の取得価額の範囲についても、減価償却資産のそれに関する右規定を類推適用するのが相当である。

しかして、前記争いのない事実によれば本件土地は購入により取得されたものと認められるから、その取得価額の範囲は令第五四条第一項第一号の規定の類推適用により、「当該資産の購入の代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)」及び「当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額」の合計額ということとなり、本件仲介手数料は右「当該資産の購入の代価」に含まれることが明らかであるから、本件土地の取得価額に含まれるものといわねばならない。

そして、右類推適用すべき令の規定は、土地の購入に際して支払われた仲介手数料について一律に当該土地の取得価額に含まれるものとしているというべきであるから、本件仲介手数料を本件事業年度の損金の額に算入した原告の会計処理が一般に公正妥当と認められる会計処理の基準にのっとったものと認めることはできない。

2  原告は、令第五四条第一項第一号の規定は減価償却資産の取得原価が償却されて結局損金となることを前提としたうえで減価償却資産の取得価額に付随費用を含ませ、費用配分の原則を定めたものにすぎないのであつて、土地のごとき非減価償却資産に適用の余地はなく、このことは令が特に減価償却資産に限って右規定を設けていること、さらに「利益なきところに課税なし」との税法の根本原則からも明らかである旨主張する。

しかしながら、右令の規定が非減価償却資産についても類推適用されるべきことは前示のとおりであるところ、令が減価償却資産に限って特に右規定を設けている趣旨は、減価償却資産にあつては取得価額の決定が減価償却費を算定するうえで重要な意味を持つことから、その取得価額の範囲を確認的に明らかにする必要があるとされたことによるものと解せられ、非減価償却資産の取得価額の範囲については別異に解すべきであるとの見解を示しているものとは到底いえず、またそのように解さなければならない理由もない。また、非減価償却資産の取得価額の範囲を減価償却資産のそれと同様に解しても、右取得価額は当該資産を譲渡した時点において損金の額に算入されることとなるのであるから、原告主張のように利益のないところに課税する結果となるものではない。

よって、原告の前記主張は失当である。

3  原告は、土地購入に際し支払われた仲介手数料を当該土地の取得価額に含めた場合には商法にいういわゆる真実性の原則に反する結果となる旨主張する。

しかしながら、右は仲介手数料は本来当該土地の取得価額に含まれるものではないとの見解を前提とするものであって、前示のとおり非減価償却資産についても仲介手数料等購入に際して支出した付随費用はその取得価額に含まれると解される以上何ら真実性の原則に反する結果となるものではない。

よって、原告の右主張もまた失当といわねばならない。

4  してみると、被告が本件更正において、本件仲介手数料が本件土地の取得価額に算入されるとし、これを原告の申告所得金額に加算すべきものとしてした本件更正に何ら違法はないといわねばならない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 菅原晴郎 裁判官 山崎敏充)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例